はじめに

はじめに

皆さんの国内旅行についての考え方もずいぶん変って参りました。十年位前迄はせっかく旅行に行くのだから一つでも余計に見ようとか、九州や北海道も一周旅行というのが大はやりでした。しかし今はそうした観光地めぐりだけを主眼にした旅行はすっかり影を潜めてしまいました。  というのも、これだけ平和な時代が長く続きますと、皆さんは国内の主だった観光地は全部歩かれたということでしょうか‥・。それと、こう長生きが出来、高齢まで健康が保てるとなりますと、そんなに忙しく見て回らなくても、また行けばいいということになるのかも知れません。

とにかく、戦中、戦後の貧乏時代が長く続いた反動のように忙しい団体旅行が流行した時代がありました。しかし平成の年号と共にそんな旅行はだんだんと減って参りました。逆に観光旅行より静養型の旅行に移り変っているようにさえ思われます。これだけ世の中が近代化し、便利になってコンクリート化してきますと、人々がどこか静かな温泉でのんびりと人間回帰を計りたいと願うのは当然のことのような気が致します。元来日本人の旅というのは、そうした自然の中に埋没して空間の中から自己を見つめたのではなかったのでしょうか。道端の一木一草に心をとめて四季の風を感じ、道行くひとびとの情を知って旅を噛みしめたのが私たちの先人だったのです。

戦後の経済社会オンリーに生きた人間は何時の間にかそんなことをすっかり忘れていたのです。旅行も近代化した有名観光地でどんちゃん騒ぎをし、これが大名旅行だといった時代が続きました。

旅館もいきおい大型化し、大きくして機能さえ提供すればお客さんはどんどん来てくれると錯覚を起していたのです。バブル崩壊と共に人々も物を揃え便利にすることだけが豊かさではないと反省が始まったようにさえ思われます。“人間の豊さとは何か”“人間の幸せとは何か”私には田園のあぜ道にたたずむ石の地蔵さんが語りかけているような気が致します。

高度経済成長時代の昭和五十七年に、このままでは伝統と格式を持った日本情緒の宿がなくなってしまうと、心ある経営者に計って「日本の宿を守る会」を結成致しました。そして、これからの国内旅行は名所を見るだけではなくて、その旅館に泊って安らぎを得ることが大きな旅目的になると力説して参りました。おかげさまで最近はお宅へ泊ることが旅行目的なので何時なら空いているんだ、善光寺へはいきか帰りに時間があれば寄ればいいんだ、とおっしやって傾くお客さんも増えて参りました。われわれ日本の宿仲間は、より古い日本調の建築文化を守り、接遇にも情けをこめたもてなしを心掛けたいと念願しております。

そして館内に品性や感性をみなぎらせた日本旅館ならではの文化を守り通していく所存でございます。宿泊料金が一般旅舘より多少高いかもしれませんが、落ちついた日本の宿でゆっくりくつろいで項いて、日頃の疲れをいやす旅にしていただければこれに越した喜びはございません。

「岩木一二三」元朝日旅行会会長
昭和2年生まれ。昭和40年朝日旅行会を設立、社長に就任。
昭和50年日本秘湯を守る会を、昭和57年日本の宿を守る会を、設立。
平成12年朝日旅行会を辞任。平成13年没。

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